コロナを追い風に進化する教育。不確実な時代を生き抜くために必要な學びとは

文:森田 大理 寫真:須古 恵(寫真は左から日野田校長、リクルート山口)
オンライン授業や9月入學の是非など、様々な議論が展開された2020年の教育業界。次世代の教育を模索する業界のキープレイヤーに、変化の波を乗りこなす方法を訊く。
3月に全國の小中高校が一斉休校になったことをはじめ、教育現場が大きく混亂した中、以前から新たな方法を模索してきた人たちは今をどう捉えているのだろうか。今回は、校長として著任した高校で海外有名大學に多數の合格者を出すなど、その手腕が注目を集めている日野田直彥さんと、『スタディサプリ』の生みの親であるリクルート山口文洋の対談を実施した。
現在、武蔵野大學中學校?高等學校と武蔵野大學附屬千代田高等學院の2校で校長を務める日野田さんは、新しい教育へのチャレンジとして4月からオンライン授業を組み込んだ學校運営をスタート。リクルートの山口が責任者を務める『スタディサプリ』もコロナ禍でより多くの學校への導入が進んでいる。しかし、學校は教師?生徒?保護者などステークホルダーの多い環境。変化を前向きに進めていくためには、どのようなマインド?行動を大切にしているのだろうか。
対談前半では二人が思い描く教育の未來がテーマとなり、後半では、広くビジネスパーソンにも通じる変化?進化の起こし方を訊いた。
新たな教育を模索していた者にとって、コロナはむしろ追い風に
――教育は、新型コロナウィルスの影響で大きな変化を余儀なくされた業界の一つです。対面で授業をするのが當たり前だった學校にとっては前代未聞だったと思いますが、この狀況をどう受け止めていますか。
日野田 実は、私自身はあまり驚かなかったんです。以前からオンラインの授業動畫を活用して対面授業を少しずつ減らせないかと検討をしており、それが功を奏しました。新型コロナウィルスの話題が徐々に増えてきたころから、いつでもオンラインに切り替えられるように準備を急いだことも結果的には良かったですね。もちろん、大きなチャレンジなのは間違いないですが、ICTの活用はもともと想定していたこと。コロナをきっかけに変わったというよりは、変化のスピードが加速した感覚です。
山口 日野田先生と同じで、私たち『スタディサプリ』も以前から學校の先生方を支援するデジタルツールとして學?,F場への提供し続けておりましたので、コロナで大きく事業方針を変えたわけではありません。今回のコロナ禍の中で、特に高校ではICTの活用が急増し、我々のサービスも利用者が倍増しました。休校期間に過半數を超える高校がICT活用する狀況にまで飛躍しました。しかし、コロナによって教育の大部分がオンラインにシフトするとも思っていませんし、學校への通學が再開されてしばらく経ちますが、徐々に以前のやり方に戻っているところもあります。
これからの1~2年が學校にとっての本當の変化の分岐點ではないでしょうか。一度やってみたことで學び方を柔軟に進化させていく學校と、従來のやり方を重視する學校の二極化が進むでしょう。でも、それは格差が広がるというよりは、様々な學び方が子どもたちに提示され、選択肢が増えるということかもしれません。
――コロナは學校教育にICTの必要性を迫った側面がある一方、日野田さんがビフォーコロナの段階から検討を進めることができたのはなぜでしょうか。
日野田 20年後の教育を想像してみてください。間違いなくICTが學校の中で當たり前に使われているはずです。未來を基準に逆算してみると、今から取り組むのは必然だと私は思います。それなのに、これまでの教育現場ではデジタル化があまり進まなかった。多くの大人が「學校では無理だろう」と諦めてしまいがちなのは、今の學校の仕組みや常識を前提に考えているからではないでしょうか。
もちろん現実的な問題は無視できませんが、実は日本の教育のあり方は20~30年前から大きく変わっていない?!附瘠韦浃攴健工悉饯欷坤蔽簸韦浃攴饯扦猡ⅳ辘蓼?。つまり、20年後を起點にするのと今を起點にするのとでは、考え方に50年の差が生じているかもしれない。そう思うからこそ、未來を見據えて進化を続けるようにしているんです。

山口 學校の外から教育を支援する立場の私から見ても、日野田先生は前向きに未來を捉えて自ら変化を起こす力が強い校長先生だと感じます。先生方がどんな視點で新たなあり方を模索するのか、どんな考えで進化をリードするのかが、學校教育の未來には重要ではないでしょうか。
現代で活躍できる人を育成するには、時代に適した學びが必要
――さきほど日野田さんは「対面授業を減らしたい」とお話されました。従來型の授業を減らしたいのはなぜですか。
日野田 今の時代に活躍できる人を育成するのが教育の命題だとすれば、學びのあり方も今の時代にフィットさせるべきだと思うんです。僕が以前から教育業界の課題だと感じていたのは、時代がこんなに変わっているのに教育が変わっていないこと。大量生産型のモノづくりが社會の中心だった時代は、集団で一律に知識を身につけさせることが有効だったのかもしれません。しかし、今はGoogleやFacebookに代表されるように、既存の常識にとらわれない発想力を持つ人たちが、社會の仕組みを新しく創りだしている時代です。
山口 確かに、昔は明確な指針を掲げるリーダーに従うことで、ある程度は幸せが約束されていた時代だったけれど、今は答えが一つではない時代で、より自律した個人?大人になる必要があるとも言えますよね。
日野田 まさしくそうですね。だからこそ、座學で基礎知識を身につける授業だけをやっている場合ではない?;A知識の部分は思い切って『スタディサプリ』のような外部の力を借り、私たちはブレーンストーミングやチームビルディングといった、今の社會で活躍するために必要な力を養う授業に舵を切りたいんです。
――問題解決力や、変化への対応力を身につけられる學びを提供したいと。
山口 今は常識が変化するスピードも速い不確実な社會ですから、基礎知識の習得だけでなく、応用力が重要な時代です。ところが、世界から見た日本人の評価は「総じて優秀で基礎スキルは高いが、課題設定力が弱く、チームをリードできない」。こう思われている要因は、いわゆる受験科目で問われるような「認知能力」の向上にばかり時間を費やしているからではないでしょうか。
知識の習得はあくまでもベース。それよりも一般的な學力では測れないような「非認知能力」を多感な十代の時期に育んでいく必要がありますよね。日野田先生が前任の大阪府立箕面高校で海外の有名大學に多數の合格者を出したのも、卒業生たちの學力や偏差値など認知能力が認められたというよりは、自己目標設定力の視座の高さや他者を巻き込む共感力など、非認知能力の高さが海外に認められた結果だと私は思うんです。

私は何のために學ぶのか。一人ひとりが目的を持った主體的な學び
――今の時代に活躍できる人を育成するには、授業以外にもどんな環境や機會があると良いでしょうか。
日野田 生徒がワクワクしている狀態、のびのびと発想できる環境が必要ですね。そのためには、生徒一人ひとりが、「自分は何のために學ぶのか」というパーパス(目的)を持つことが大切でしょう。本來、勉強は將來の夢を実現するための手段であるはずなのに、目的意識がなく學ぶからつまらないものになってしまう。だから私は、學校運営において生徒の目的意識を一番重視し、大學進學の実績などは特に気にしていません。
導入した『スタディサプリ』だって、強い強制力を持ってやらせている訳でもないんですよ?!袱瑜曛膜藢Wぶためには一定の基礎知識が必要になるから」と、ワークショップやディスカッション形式の授業を楽しむためのベースであると伝えていますし、宿題も必要最低限しか出さない方針です。
山口 私は、"根拠なき自信"を養える環境が必要だと考えています。今の社會で活躍するには、前例に縛られないことや一元的な評価に惑わされないことが大切だからです。しかし、小中高の多感な時期に評価される一番のモノサシは、現狀「學力」になっている。
學力を數値だけで測ると、平均點より上であれば自己肯定につながり、下であれば自己否定につながる怖さがあります。つまり、半數の生徒には自己否定感を植え付けてしまいかねない。學力を一元的な見方だけでなく、一人ひとりの個性を評価する。強みを伸ばし、弱みはお互いに助け合っていくことが大事だということを體感させる機會?環境を提供することが大切なのではないでしょうか。

日野田 ロールプレイングゲームでパーティを組むのと同じですよね。みんなが同じ能力を持つパーティは、そんなに強くない。戦士とか魔法使いとか、それぞれの個性を組み合わせて、いろんな狀況に対応できるパーティが一番強いじゃないですか。その意味で一人ひとりが自分だけのスペシャリティを見つけて伸ばすことに価値があるし、學校はそれを支援できる場であるべきだと思います。
――生徒が主體的に學ぶ意欲を引き出すには、一人ひとりの學ぶ目的を明確にして、個を尊重する姿勢がポイントになる訳ですね。
山口 今のお話は「學校?生徒」を「企業?社員」と置き換えても成立する考え方ですよね。畫一的な人材育成?マネジメントをするのではなく、メンバーそれぞれの持ち味を活かし、掛け合わせながらチームとして大きな成果を出していく考え方の企業が社會で増えています。今の生徒たちはこの流れがさらに進んだ社會に出ていくはずですから、學校でも個を活かす教育が推進されるべきなのかもしれません。
日野田 そうですよね。だから、うちの高校に入學して最初にやるのは "Who am I?"のプレゼンテーションなんです。私はどんな人で、何が好きで何が苦手か。それをクラスのみんなに伝えていくことで、お互いを理解しチームをつくるプロセスを大切にしているんですよ。また、先生は答えを教える人ではなく、あくまでも壁打ちの壁。教師は教える(Teach)人ではなく、生徒が自分の中にある答えに気づくことを手助けし伴走する存在(Coach)が理想。これは良い?これは悪いと一方的に答えを提示したり、意見を抑え込んだりするのは逆効果だと思います。

新たな教育のあり方を提示するリーダーに訊く、変化を恐れず前進する方法
プロフィール/敬稱略
※プロフィールは取材當時のものです
日野田直彥(ひのだ?なおひこ)
1977年生まれ。父の海外赴任に伴い10~13歳までをタイで暮らす。同志社大學卒業後の2000年に馬渕教室へ入社。2008年奈良學園登美ヶ丘中學?高校の立ち上げに攜わる。2014年大阪府の公募校長として大阪府立箕面高校へ當時の公立學校校長の最年少(36歳)で著任。4年で、海外トップ大學への進學者を含め、顕著な結果を出す。2018年より武蔵野大學中學校?高等學校の校長に著任?,F在は武蔵野大學附屬千代田高等學院の校長も兼任する。
山口文洋(やまぐち?ふみひろ)
1978年生まれ。慶應義塾大學卒業後、ベンチャー企業でのシステム開発を経て、2006年リクルート入社。進學事業本部で事業戦略?統括などを擔當。社內の新規事業コンテストでグランプリを獲得し、「受験サプリ(現?スタディサプリ)」を立ち上げ。2012年に統括部長、2015年4月、リクルートホールディングス執行役員及びリクルートマーケティングパートナーズ代表取締役社長に就任。2018年4月、リクルート執行役員に就任(現任)。